海水淡水化排水からマグネシウムを高効率で回収
液体金属スズを使って淡水と「掘らない資源」を回収する新技術
2026年8月27日
ポイント
- 海水淡水化排水の濃縮塩水を、液体金属スズに接触させることで、淡水とマグネシウム資源の同時回収に成功
- スズ中に取り込まれた不要な塩素や硫黄を真空脱気で除去し、マグネシウムを回収するとともに、その主要な結晶相として酸化マグネシウムを確認
- 水と資源を同時につくる淡水化プラントでの「掘らない資源開発」への展開に期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 工学院 機械系の堀川虎之介大学院生と、総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所の近藤正聡准教授は、液体金属スズ(Sn)[用語1]を利用して、海水淡水化プラント[用語2]で排出されるブライン[用語3]からマグネシウム資源を高効率に回収する新しい技術を開発しました。
世界で淡水不足が深刻化する中、海水淡水化への期待が高まっています。海水淡水化プラントでは、淡水をつくる際に大量に発生するブライン(濃縮塩水)の処理がコスト増加と環境への影響の両方で課題となっています。研究グループはこれまでに、核融合炉[用語4]の冷媒として期待される液体金属Snにブラインを直接接触させることで、淡水とマグネシウム(Mg)などの海水資源を同時に回収する技術を開発しました。しかし従来の方法では、Mgなどと同時に塩素(Cl)や硫黄(S)もSn中に取り込まれ、硫酸マグネシウム(MgSO4)などとして回収されるため、利用用途が限られるという問題がありました。
今回の研究では、高真空下で加熱する真空脱気技術[用語5]を導入することで、ブラインと接触させた液体金属SnからClやSをHCl、Cl2、SO2などの気体として取り除きました。その後、液体金属Snを冷却し、Mgを含む析出物の回収に成功しました。その主要な結晶相は酸化マグネシウム(MgO)でした。この時のMgの回収率は99%以上と推定されました。
本成果は、海水淡水化時に排水として発生するブラインから、淡水とMgOといった有価資源を同時に回収する、「掘らない資源開発」につながるものと期待されます。
本研究成果は、Elsevierの学術誌「Desalination」オンライン版に、2026年7月31日付(現地時間)で掲載されました。
背景
世界では人口増加や気候変動を背景とした淡水不足が深刻化し、海水から淡水をつくる海水淡水化の重要性が高まっています。海水淡水化には、海水を加熱・蒸発させて淡水を得る多段フラッシュ法(MSF法)や、高い圧力をかけて水を半透膜に通す逆浸透膜法(RO法)などがあります。現在広く利用されているRO法では、淡水が膜を通過する一方で、塩分が濃縮されたブラインは膜を通過せず、排水として残ります。世界全体では、年間約35兆リットルの淡水が生産される一方で、その量を上回る約50兆リットルものブラインが廃棄物として発生しています。
海水から淡水をつくった後に残る大量のブラインは、十分に希釈してから海に戻されています。しかし、海水よりも塩分濃度の高いブラインには、ナトリウム(Na)やマグネシウム(Mg)などの有用元素が高濃度に含まれています。こうしたブラインは、本当に「廃棄物」なのでしょうか。もしこのブラインを「廃棄物」から「資源」へ転換することができれば、淡水の確保と「掘らない資源開発」を同時に実現できる可能性があります。特に、ブラインに豊富に含まれるMgは、自動車、航空宇宙、電池、セメントなど幅広い産業で利用され、今後の需要増加が予想されています。従来のMg回収法には、水酸化ナトリウム(NaOH)などを用いる沈殿法や電気分解法がありますが、こうした回収法には薬品消費、廃棄物の発生、電力消費の問題があります。
淡水化時に発生するブラインから、価値の高いMgを効率よく取り出すことはできないのでしょうか。研究グループは、次世代のエネルギープラントである核融合炉の冷媒として以前から研究してきた、液体金属スズ(Sn)が持つ、他の金属元素を溶解・取り込む性質に注目しました[参考文献1]。これまでの研究で、液体金属Snにブラインを直接接触させることで、淡水をつくりながら、Na、Mg、Ca、Kなどの海水資源をSn中に取り込み、冷却によって回収できることを示しています[参考文献2]。一方で、その際にはClやSもSn中に取り込まれて、Mgなどと反応し、硫酸マグネシウム(MgSO4)などの化合物を形成します。このMgSO4は、主に肥料、入浴剤、医薬品などに利用されていますが、工業材料としての用途は比較的限られています。そこで、Mgをより幅広い産業用途を持つ金属Mgや酸化マグネシウム(MgO)の形で回収することが課題として残されていました。
研究成果
研究グループは、液体金属Snに取り込まれたMgからClやSを分離し、より利用しやすい形でMgを回収するため、ブラインを取り込んだSnを高真空下で加熱する真空脱気技術を導入しました。
実験では、真空脱気によって発生するガスを正確に識別するため、通常の水の代わりに重水(D2O)で調製した人工ブラインを使用しました。まず、約8 gのSnを573~673 K(約300~400℃)で溶融させた状態で、その液面に室温の人工ブラインを毎分0.1 mLの速度で滴下しました(図1(a))。ブラインが高温の液体金属Snに触れると、水分(本実験では重水)は蒸発・凝縮して回収される一方で、Mg、Na、Cl、Sなどのブライン由来成分は液体金属Snに取り込まれます。
図1. (a)液体金属Sn直接接触式蒸留プロセス、(b)真空脱気による気体成分の除去、(c)冷却時コールドトラップ効果[用語6]によるMg含有析出物の析出回収次に、ブラインを取り込んだ液体金属Snをそのまま真空装置に接続し、10−3 Pa級の高真空下で、573または673 Kから973 K(約700℃)まで毎分2.5 Kでゆっくり加熱しました(図1(b))。973 Kで約10分保持し、その間に液体金属Snから真空脱気により放出されるガスを四重極質量分析計(QMS)[用語7]で連続測定しました。その結果、Sn中に取り込まれたClやSなどが、HCl、DCl、Cl2、SO2、H2Sなどのガスとして放出されることを確認しました。真空脱気前後の液体金属Snの質量の変化から、ブライン由来の気体成分の約59~67%が除去されたと見積もられました。
真空脱気プロセスに続けて、真空状態を保ったまま、液体金属Snを973 Kから融点である232℃付近まで毎分2.5 Kで冷却しました(図1(c))。温度が下がると、液体金属Sn中の金属元素の溶解度[用語8]が低下し、いわゆるコールドトラップ効果によって析出物が形成されます。この析出物の断面を電子顕微鏡で詳しく観察したところ、MgとNaが異なる領域に分離して析出することが分かりました。具体的には、Mgを多く含む析出物は、Naを多く含む析出物よりも固化したSnに近い位置に形成されていました。
こうしたプロセスで、673 Kで20 mLのブラインを処理したところ、析出物のMg濃度は元のブラインの最大約280倍、Mg/Na比は最大約5,300倍となりました。これは、MgをNaなどから選択的に濃縮できたことを示しています。液体金属Snに取り込まれたMg量と、析出・回収後にSn中に残ったMg量を評価したところ、取り込まれたMgのほぼ全量に相当する99%以上を回収できる可能性が示されました。さらに、析出物を切断・研磨して電界放出形走査電子顕微鏡/電子線後方散乱回折法(FE-SEM/EBSD)[用語9]で結晶構造を解析した結果、Mgを多く含む析出物の主要な結晶相は酸化マグネシウム(MgO)であることを確認しました(図2)。
図2. 電界放出形走査電子顕微鏡/電子線後方散乱回折法(FE-SEM/EBSD)の分析結果、(a)析出物断面の電子顕微鏡写真(低倍率、走査電子顕微鏡像)、(b)析出物断面の電子顕微鏡写真(高倍率、走査電子顕微鏡像)、(c)析出物断面の電子顕微鏡写真(高倍率、反射電子像)、(d)EBSDによる析出物の結晶相分布、(e)結晶粒界分布、(f)Ar+イオンで表面を削った直後のMgO(酸化マグネシウム)が多い領域のEBSD結晶相分布社会的インパクト
今回開発した技術では、液体金属Snにブライン中のMgやNaなどの金属元素を取り込み、ClやSを真空脱気によって分離します。従来のアルカリ添加による沈殿法と比べて、Mgの濃縮・分離に大量の薬品を必要としないため、薬品使用量や廃棄物発生量の低減が期待されます。
さらにこの回収プロセスでは、液体金属Snの加熱に太陽熱や高温の産業排熱を利用できる可能性があります。概念設計では、このMg回収に必要な真空脱気の電力消費量は、理想条件で約1.7 kWh/kg-Mgと試算されており、従来のアルカリ沈殿法や電解法と比べて低減できる可能性が示されました。加熱源に太陽熱を利用すれば、特に日射量の多い地域での効率のよい海水淡水化とMg回収の実現が期待できます。例えば、水不足が深刻で日射量の多いエジプトを想定した1モジュールの概念設計では、直径15 mの太陽熱集光器を利用することで、1日約970 kgの淡水と約2.8 kgのMgを回収できる可能性が示されています。
鉱山を新たに掘るのではなく、これまで廃棄されてきた水から資源を取り出す――これが研究グループの目指す「掘らない資源開発」です。将来的には、複数モジュールの並列化や産業排熱の活用により、水不足への対応と、「掘らない資源開発」を同時に実現する新しい海水利用技術へ発展することが期待されます。
今後の展開
今後は、液体金属Snを循環させる連続式の実証装置を構築し、淡水製造→真空脱気→Mg析出・回収→液体金属Snの再利用を連続的に行うシステムの実証を目指します。さらに、長期運転における液体金属Snの安定性、構造材料との共存性、Mg回収物の精製方法、エネルギー消費量や経済性などを明らかにし、海水淡水化プラントへの社会実装につなげていきます。将来的には、海水淡水化プラントを「水をつくる施設」だけではなく、「水と資源を同時につくる施設」にすることを目指していきます。
付記
本研究の一部は、NEDO「官民による若手研究者発掘支援事業」JPNP20004、およびJST SPRING(JPMJSP2106、JPMJSP2180)の支援を受けて実施されました。一部の分析は、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)」の支援を受け、北海道大学の共用設備を利用して実施されました。
参考文献
用語説明
液体金属 その新たな可能性 – Tokyo Tech Research|YouTube
図3. 海水淡水化プラントの原理、(a)逆浸透膜法(RO法)、(b)多段フラッシュ法(MSF法)